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卓球ジャパン!見逃し解説。水谷隼の卓球人生総解説【2021年6月5日放送】

こんにちは。ヒッシです。

初心者でも楽しめる卓球番組「卓球ジャパン!」

土曜日22時放送ということで

  • 他のテレビを観ていて見逃した
  • 1時間もテレビを観る時間がない
  • ポイントだけ知りたい

こんな方もいるかもしれません。

そんな方のために、ポイントだけまとめて解説します。

この記事を読めば、6月4日(土)放送の卓球ジャパン!の内容がわかります。

前回の卓球ジャパン!の内容を知りたい方は先にこちらをお読みください。

卓球ジャパン!見逃し解説。日本卓球史のまとめ【2021年5月29日放送回】

今回は水谷隼選手の卓球人生解説スペシャル。

三回目の出演となる水谷隼選手をゲストに迎え、27年にも及ぶ卓球人生を振り返ります。

今回の卓球ジャパンは

  • 水谷選手の卓球人生
    27年の卓球人生でピークとなる、2007年全日本選手権初優勝から、一番ダウンとなる2012年~2013年の苦悩について。
  • 水谷選手が選ぶ名シーン3選
    ティモ・ボルへの初勝利・全日本V10 観客席に飛び飲んだ瞬間・水谷隼が夢を叶えた瞬間について。
  • 水谷選手が選ぶNO.1神ラリー
    ジャパンオープン2012 男子シングルス決勝のラリーがNO.1神ラリーとして選ばれる。

の3部構成となっています。

神ラリーについては、試合映像をテレビ東京卓球チャンネルより実際のシーンを引用しています。

水谷選手の卓球人生27年がこの記事で全てわかります。

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トマトが嫌いな水谷選手でも食べられるハヤシライスになっています。

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目次

水谷隼選手の卓球人生は山あり谷あり

2021年で卓球を始めて27年目となる水谷選手。

山あり谷ありの卓球人生でしたが、様々なものを乗り越えてきました。

幼少期は卓球が好きではなかった

「元々卓球はそこまで好きではなかった」と水谷選手は語ります。

その理由は練習の多さです。

  • 毎日練習
  • 家でも練習
  • 週末は県外で練習
  • それに加えて、そろばん・ピアノ・習字・ソフトボールと習い事が多い幼少期でした。

卓球が苦痛だったとも語っているのは意外です。

中学2年生でのドイツ留学が最初のターニングポイント

卓球人生における最初のターニングポイントは2003年。

中学2年生で青森山田中学校に転校し、ドイツ ブンデスリーガに卓球留学。

この時に「生涯卓球で生きていく覚悟をした」と語っています。

この当時、ドイツ留学する選手がいなかったことも大きな要因で、

  • チャンスをものにしたい
  • カッコいい

という憧れがありました。

こういったチャンスが来た時に掴めるかどうかが成功できるかの分かれ目ですね

17歳での全日本選手権初優勝時がピーク。

卓球人生のピークは2007年。

17歳で全日本選手権シングルスで初優勝します(最年少記録)。

世界で戦える実力を実感し、そこからの5年間はよかったと語ります。

2007年~2011年の全日本選手権では5連覇を達成し、世界卓球2008、2010の団体戦で銅メダル。

岸川聖也選手と組んで世界卓球2009 男子ダブルスで銅メダルと結果を残しています。

2012年~2013年が最も苦しかった時期

メダルを期待されながらも取れなかった時期がこの年です。

全日本選手権でも吉村真晴選手に敗れて準優勝。

世界卓球でも1回戦負けを経験しました。

そんな経験をしながらも、2016年のリオデジャネイロオリンピックにて男子団体銀メダル。

男子シングルスで銅メダルを獲得。

2019年には通算10度目の全日本選手権シングルス優勝という快挙を成し遂げました。

2021年7月開催予定の東京オリンピックでも日本代表に選ばれており、その強さは全く衰えていません。

卓球人生で水谷選手が選んだ名シーン3選

1、ティモ・ボルへの初勝利を挙げた瞬間

1番目は、ドイツのティモ・ボル選手に初勝利を挙げた瞬間です。

世界卓球2010 男子団体のグループリーグでのドイツ戦。

それまでティモ・ボル選手に7戦全敗だった水谷選手。

左利き同士だと、相手はフォアハンドで攻めてくるが、それに対して守って負けることが多かった。

この試合ではミスを恐れず攻めたことが勝因だと語ります。

この試合をきっかけに、対左利きへのコンプレックスが消えました。

2、全日本選手権V10達成時、観客席に飛び飲んだ瞬間

2番目は2019年の全日本選手権の瞬間です。

V10を達成した水谷選手は勝利後に観客席に飛び込みました。

その前年、2018年は張本智和選手に敗れて準優勝でした

その想いもあり、観客席でファンが掲げるV10のカードを見て、行くしかないと観客席に飛び込みました。

しかし水谷選手はこの全日本選手権で優勝した後、全日本選手権に出場しないことを宣言します

全日本選手権を最後にした原因
  • 13年連続決勝までいって戦い、これ以上は耐えられないと思ったから
  • 5連覇し、キリのいい10回も達成した後、全日本選手権の終わりが見えなかった
  • これ以上は早く終わらせたい、という気持ちで負けにいってしまう可能性もあった

水谷選手にとって全日本選手権とは自分が日本一だと証明する大会だったと語っています。

3、水谷隼が夢を叶えた瞬間

最後のシーンは水谷選手が夢を叶えた瞬間。

それが2016年リオデジャネイロオリンピックで男子シングルス銅メダルを獲った瞬間です。

今でも一番忘れられない思い出だと語ります

水谷選手としても、3位決定戦でサムソノフ選手が来たのが意外でした。

しかもサムソノフ選手とはロシアリーグでの対戦経験が多く、一度も負けたことがなかったのです。

3位決定戦での水谷選手の心境
  • この場面で負けたくない、ここで負けたらどうしよう、という弱気
  • これまで勝っていたから大丈夫だという自信

2つが混ざりあった状態になっていたと語ります

結果は4-1で水谷選手の勝利。

オリンピックシングルスで男女通じて日本人初のメダルを獲得しました。

NO.1神ラリーはジャパンオープン2012 VSオ サンウン戦

番組内で8つラリーが紹介されました。

その中で水谷選手が選んだNO.1のラリーが、ジャパンオープン2012 男子シングルス決勝でのラリーです。

攻撃もあり、守備もあり、守りきって得点したこの1本が神ラリーとして選ばれました。

ゲームカウント3-2リード。得点が1-1からのラリーです。

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