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卓球ジャパン!見逃し解説。日本卓球史のまとめ【2021年5月29日放送回】

こんにちは。ヒッシです。

BSテレ東で放送されている「卓球ジャパン!」

卓球初心者にもおすすめの番組です。

しかし放送時間が土曜日の22時。

  • BS放送が観れない
  • 見逃した
  • 復習したい

そんな人のために解説ポイントをまとめました。

今回のまとめ
  • 小野誠治さんが世界チャンピオンになった時は、世界一ハードな練習をしていた
  • オリンピックの正式種目になって以降、世界と日本で練習環境に大きな差があり、日本は勝てなくなった
  • 中国の壁は厚く、中国代表から外れた選手が他国で帰化して大会に出場していた
  • 卓球のボールが大きく変化し、現在はラリーが続くようになった
  • 2000年代から日本が世界で勝てるようになったのは、練習拠点をドイツへ移した選手が多くなったから

東京オリンピックまで2ヶ月に迫った今こそ学びたい日本卓球の歴史を松下浩二さんをゲストに迎えて解説しています。

前回の卓球ジャパン!を見逃した方はこちらも参考にしてください。

卓球ジャパン!見逃しポイント解説。森薗選手のダブルス攻略法【2021年5月22日放送】

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目次

今回の卓球ジャパン!は日本卓球100年史。元世界チャンピオンのインタビューもあり

日本の卓球史を語る上で欠かせない存在が、元世界チャンピオンの小野誠治さん。

1979年の第35回世界卓球選手権男子シングルスで優勝。世界チャンピオンとなります。

しかしそれ以降、42年間、日本は男女ともに世界チャンピオンになった人はいません。

それどころか、小野誠治さん以降、日本卓球界は世界大会で表彰台からも遠ざかってしまいます。

小野誠治さんは世界チャンピオンになるために相応の練習をしていた

今回は小野誠治さんのインタビューもありました。

ポイントをまとめます。

小野誠治さんはなぜ世界チャンピオンになれたのか
  • 昔は毎日20キロランニングしていた選手もいた
  • その光景を見ていたので、それくらい当たり前にやらないと勝てないと思って練習をしていた
  • 学生の中では一番練習したと自負している
  • ドライブが主流だったので、ドライブをスマッシュで打ち返すことを考えた

小野誠治さんの代名詞といえば「カミソリスマッシュ」です。

鋭く、速いスマッシュを打っていたのは、相手のミスを誘うのではなく、自分から得点していけるように

  • 相手が驚く球
  • 球で得点になる球

そういうボールを腕がちぎれるくらい打ち続けたそうです

インタビューの最後には、これからの選手に対して「勇気を持ったプレーをしてほしい」とコメントされていました

日本卓球界が世界で勝てなくなったのは練習環境に大きな差が出たため

小野誠治さん以降、日本がなぜ世界大会で勝てなくなったのかを、松下浩二さんが解説しています。

なぜ日本卓球は世界で勝てていたのか
  • 昔の選手には世界一になるという強い想い、世界一ハードな練習環境が揃っていた
  • 大学が卒業しやすい時代だったり練習しやすい環境があった

また小野誠治さんの強みを、実際に試合をし3戦全敗している松下浩二さんが語ります。

小野誠治さんの強さは一撃必殺のスマッシュ。

誰も持っていない武器で、速すぎるので取れない。

このようにチャンピオンも輩出する日本卓球界ですが、ある時から世界大会で表彰台から遠ざかっていきます。

その理由について松下浩二さんは語ります。

松下浩二が分析する日本が勝てなくなった理由

1988年ソウルオリンピックから卓球が正式種目になり、世界はフルタイムで練習できる環境とフルタイムで指導するコーチの環境を整えた

しかし日本では仕事をやり終えたあとの2、3時間しか練習できない

そのせいで海外との差が埋まり、ついには追い越されてしまった

今回は松下浩二さんと同年代に活躍したオリンピック元日本代表の佐藤利香さん(1992年バルセロナ大会・1996年アトランタ大会)へのインタビューもありました。

なぜ日本は勝てなかったのか
  • 当時から中国は強かったが、中国で代表から外れた選手が他国で帰化して代表として出場していたため
  • 当時の世界ランクは15位まで帰化選手だった
  • それに加えて、韓国・北朝鮮も強く、勝つのは至難だった

高校生で日本チャンピオンになった佐藤利香さんを語る松下浩二さんの発言で、重要なポイントがありました。

日本代表のコーチを務めたこともある佐藤利香さんのことをこう評しています。

選手のスタイルやペースを尊重しながらも、気付いたところは丁寧に説明する

指導者にとって重要なポイントではないでしょうか。

卓球の歴史はボールの歴史。ボールが変わってラリーが続くようになった

卓球史の中でも大きく変化したのはボールです。

  1. 1990年代 セルロイド製 38ミリ(重量2.5g)
  2. 2000年代 セルロイド製 40ミリ(重量2.7g)
  3. 現在 プラスチック製 40ミリ
  4. 抗菌ボール

ボールの大きさ・重量が変わったことで2つの変化が起こりました。

  • 打球が減速しやすくなる
  • 回転量が少なくなる

これにより卓球はラリーが続くようになりました。

38ミリ球だと、ボールが軽いので弾くように飛んでいきます。

その結果、自分の打球は決まりやすい反面、ミスもしやすいのでラリーが続かない状況でした。

それが40ミリ球となり、素材もセルロイドからプラスチックへと変わります。

素材が変わったことでも回転のかかり具合が全く異なります。

38ミリ球を持っている人は40ミリ球と交互に打つと違いがよくわかります

松下浩二さん曰く、カットマンだと台から下がるのでボールの減速がよくわかる、とのことです。

減速するのでカットマンはドライブを取りやすくなったが、カットの回転数が減り、相手も打ちやすくなりました。

番組外情報

近年でもチャックといわれる接着剤が使用禁止になるなど、ルールは常に変わっていきます。

道具の変化に柔軟に対応する必要がありますね。

日本卓球界が再び勝てるようになったのはドイツ遠征へ行くようになったから

最近日本選手が世界大会でも勝てるようになった大きな原因は、海外、特にドイツに行く選手が増えたからです。

卓球に集中できる環境を作ることができたことが大きな要因です。

その転換期ともいえる試合が世界卓球2007にあります。

男子ダブルス3回戦にて、水谷隼・岸川聖也のダブルスが中国の郝帥(カクスイ)・馬龍(マリュウ)ペアに勝利しました。

それまでは中国に勝つことは特別なことでした。

しかし水谷選手・岸川選手は、2人とも中学生の時からドイツに拠点を移していました。

その環境でやっている二人を見て、中国に勝つことは特別なことではなく、普通のことになっているようにも見えた。と松下浩二さんは語ります。

また14歳の石川佳純選手が2007年世界卓球には中学生で初出場していたことも注目です

卓球ジャパン!見逃し解説のまとめ

今回の卓球ジャパン!では卓球界のレジェンドともいえる松下浩二とともに日本卓球史を解説しました。

今回のまとめ
  • 小野誠治さんが世界チャンピオンになった時は、世界一ハードな練習をしていた
  • オリンピックの正式種目になって以降、世界と日本で練習環境に大きな差があり、日本は勝てなくなった
  • 中国の壁は厚く、中国代表から外れた選手が他国で帰化して大会に出場していた
  • 卓球のボールが大きく変化し、現在はラリーが続くようになった
  • 2000年代から日本が世界で勝てるようになったのは、練習拠点をドイツへ移した選手が多くなったから

元世界チャンピオンの小野誠治さんの言葉にもありますが……。

やはり練習が一番大切です!

世界一になるためには、世界一の練習をしなければならない。

「一番練習したと自負している」と、そこまで言えるほどの練習が必要なんですね。

しかし練習は時間をかければいい、というわけではありません。

目的・意図を持って練習をしなければ結果には繋がりにくいです。

このブログは卓球初心者の困りごと解決のため情報発信をしています。

卓球初心者が試合で勝つためにやるべき7つのこと

練習内容や試合でのメンタルコントロールを知りたい方は是非参考にしてください。

また練習を頑張っているのになかなか格上選手に勝てない、という人はこちらの記事も参考にしてください。

格上相手に試合で勝つための心構え5選

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最後まで読んで頂きありがとうございました。

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